モギコの腹のなか

2017年1月から始まった電力網から離れたオフグリッドライフ。子ども3人大人2人の珍道中の徒然。

そもそもの話

こんにちは、モギコです。

夏至を過ぎました。我が家にとっては一番いい時期です。
電力会社と契約しない「オフグリッド」生活を選んで、これまたよく聞かれる話。

なんで?
なんでそんなことしようと思ったの?


これに尽きます。
そりゃ、そうですよね。
そんなのめんどくさいじゃん、今までのまんまでいいじゃん、
今のままで不便じゃないんだから、そのままでいいじゃん。
そう考えて暮らしてる方が、よっぽど楽です。


では、なぜか。

 


これまでもちょいちょい触れてますが、やっぱり2011年の地震原発事故が
大きなきっかけです。

千葉県旭市と言うところで被災して、同じ市内で津波が来て
出産間もなかった私は不安でいっぱいで、この子をちゃんと育てていけるかって
それはそれはめちゃんこ悩んだのです。
女の子だし、放射能も何がどうなってるか分からないし怖いし。
子どもは一人じゃないし、何を食べさせたらいいのか分からんし。

そんなことをぐるぐる頭を巡っているうちに、気づいてしまったのです。
それまで気づいてなかったいろんなことに気づかされてしまったんです。
ソクラテスです。I kow I don't know に気づいてしまったんです。


2011年の東日本大震災で起きた原発事故。
私はその事故でものすごい違和感を覚えました。

『関東で使う電気を福島で作って、そこで事故が起きて、
福島の人々は住まいを追われた。生活を追われた。
関東の人間は変わらずにそれまでの生活を送っている。
半年もすればなんとなく元通りの生活になっている。
それってなんかおかしくないか?』

これが一番の違和感です。沖縄の基地問題とかも共通です。

結局のところ、社会の問題は他人事で『わたし』にリアルに関わることじゃない。
と言うスタンスだったことに気づかされました。

事故が起きたらヤバい、と言うリスクを負わせて発電を誰かに任せている。
そんなリスク、これまで誰がどこまで認識してたんだろうか?
それを説明してきた側は、鼻先に札束をぶらさげるようにして
リスクを抑え込んできたんじゃないか?
それがたまたま私の住んでいる地域じゃなかった。ただそれだけだったんじゃないか。

このままでいい、とは到底思えませんでした。
エネルギーも食べるものも、誰かに作ってもらわないとどうにもならない。
放射能の影響が怖くても、信じられなくても誰かの手に委ねないとならない。

ほんとにそうか?つくれないのか?

ここがスタートだっと思います。
それまで何の疑問も持たずに享受してきたものごとを
根本から見直す機会になりました。
当たり前のことは、決して当たり前じゃない。
自分の利便性のために、誰かに負担を負わせてないか?
私の生活をとりまくものを一旦見直す必要がありました。

その上で私たち家族が出した答えは「原発はあかんやろ」でした。
どんな理由を付けても、どんだけ裏付け資料を出されても
どんだけ『安全だ』って言われても、それだけは信じられない。
『絶対』は『絶対』にありえない。
あんなものをこの産まれた子どもの世代に遺していいわけがない。
むしろ、それだけは遺したらあかんやろ、でした。

このままじゃない違う未来を、誰もが安心して過ごせる未来を遺したい、と
いろんな情報を探しました。
そこで出会ったのが、サトウチカさんのこのブログ記事。

太陽光で発電して、電気をためて使う『送電網(グリッド)とつながらない(オフ)』という選択肢。
太陽ならココにもある。しかも無限にある。
電気の専門家じゃないから、詳しいことは分からないけど、
少なくとも今のままじゃない新しい未来が開けるかも!と考えたのです。

そして、2014年実際にお宅を訪ね、その生活ぶりを見せてもらいに行きました。
フグリッドライフの先駆者サトウチカさん夫妻。

そこに不便だな~と思うことはほとんどなく、ワクワクすることしかない生活ぶり。
フグリッドライフを心底楽しんでいるお二人をみて、家を持つならコレだ!と心に決めたのでした。


あれから、もうすぐ3年。
小さな波が重なって大きなうねりとなる、その言葉通り波は確実に来てるな~と思います。
だって、わたしなんかがやっちゃってんだもん。

今は原発NOって言うより、こっちの方が面白くね?って感覚にいます。

モギコでした。